2015年09月09日

夏がくれば思い出す、ハワイアン界のプリンセス

執筆者:鈴木啓之

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“夏がくれば思い出す”の歌い出しで知られるのは、唱歌「夏の思い出」。それに“ひの”が入って「夏の日の想い出」となると日野てる子、というのはちょっと面白い。彼女が2008年に63歳の若さでこの世を去ってから、もう7年になる。


サザンオールスターズやチューブが夏の風物詩的なアーティストであるように、ハワイアンを歌った日野てる子は夏をイメージさせる歌手の先駆けであった。ただし、代表作となった「夏の日の想い出」は、タイトルに“夏”が入っているものの、過ぎ去った夏の想い出を回顧しに浜辺を訪れる“冬”の歌である。当初は、同じく鈴木道明が作詞・作曲し、越路吹雪やマヒナスターズとの競作となった「ワン・レイニーナイト・イン・トーキョー」のB面として65年2月に発売されたシングルであったが、やがてAB面が入れ替わり、ジャケットも違うデザインのものに刷り直されてミリオンセラーに至った。ちなみに、2002年に出された『東京タムレ』というアルバムで、サザンオールスターズの原由子がカヴァーしている。


愛媛県松山市出身の彼女は、62年に開かれた全日本ハワイアンコンテストで優勝したのを機に翌年上京し、64年に日本グラモフォン(ポリドールレコード。現在のユニバーサル)からハワイアンの歌手としてデビューを果たした。デビュー盤となった「カイマナ・ヒラ/南国の夜」はいずれもスタンダード・ナンバーで、当時ポリドールの専属だった山口銀次とルアナ・ハワイアンズが演奏を務めている。ハワイアン・ミュージックに力を入れていた同社は、この年“ポリドール・ハワイアン・セール”を開催し、日野のレコードも抽選券が付く対象盤となった。1等から3等まではレコード、特賞のトランジスタ・ラジオに時代が感じられる。丸顔で可愛らしい顔立ちの彼女は、東芝レコードで活躍していたエセル中田以来、久々の女性ハワイアン歌手の新星であり、アイドル的な存在であった。


西田佐知子「アカシアの雨がやむとき」などを手がけていたポリドールの専属作家、水木かおると藤原秀行の作詞・作曲によるハワイアン調のオリジナル歌謡「星かげの浜辺」や「砂の上の影絵」などを出した後、「夏の日の想い出」の爆発的なヒットにより、スター歌手の仲間入りを果たした日野てる子は、初出場を果たした65年の『NHK紅白歌合戦』のステージでも同曲を歌い、トレードマークであった、南国の花・ブーゲンビリアの髪飾りを付けて登場した。この年は東京12チャンネル(現・テレビ東京)で放映された、石坂洋次郎原作のドラマ『寒い朝』に主演し、自ら歌った主題歌「若い朝」もヒットさせている。ドラマのタイトル通り、吉永小百合とマヒナスターズが歌った「寒い朝」を彷彿させるこの曲は当時流行していた青春歌謡の典型であり、彼女の本領であるハワイアンとは全くイメージの異なる曲調ながらも切々と歌いこなし、新たな魅力が開拓された。


他にも、66年の2度目の紅白出場の際に歌われた「道」や、「港の丘に泪して」など、叙情歌ともいうべきしっとりとした歌謡曲のスマッシュヒットが多数ある中で着目したいのは、同じポリドール所属だったムード・コーラスのグループ、ロス・インディオスをバックに歌われた68年のシングル「誰かしら/好きだと云って」。ハワイアンと縁が深いムード歌謡にも活路を見出し、ラテン系のロス・インディオスとのコラボレーションもまた面白い。同じような曲調のナンバーでは、高城丈二とデュエットした「青山の灯も消えて」という佳曲もある。また、本筋ともいえるハワイアン歌謡「南の誘惑」は、CMソングやテレビ主題歌でヒットを飛ばしていた小林亜星が作曲を手がけた作品。そして、同シングルのB面「云いだせなくて」は、橋本淳=筒美京平コンビの作詞・作曲と、歌謡曲ファンにとって、日野てる子はまだまだ研究し甲斐のある歌手であることは間違いないだろう。



日野てる子

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