2019年03月22日

56年前の3月22日、ザ・ビートルズのデビュー・アルバム『プリーズ・プリーズ・ミー』がイギリスでリリース

執筆者:藤本国彦

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「初のナンバー・ワン・ソングになるだろう」


デビュー・シングル「ラヴ・ミー・ドゥ」に続く「プリーズ・プリーズ・ミー」のレコーディングの終了時に、ザ・ビートルズのプロデューサーのジョージ・マーティンは4人にそう伝えたそうだ。62年11月26日のことだ。イギリスからアメリカ、そして世界へと羽を伸ばしていく大きなきっかけは、63年1月11日に発売された「プリーズ・プリーズ・ミー」の大ヒットから始まったわけだが、当時はもちろん彼らも新人バンド。63年以降どうなっていくかは「トゥモロー・ネバー・ノウズ」である。


こうした流れを受けてデビュー・アルバムが制作されることになる。その『プリーズ・プリーズ・ミー』がイギリスで発売されたのは56年前の3月22日である。発売時期の動きも交えてまとめてみる。


シングル「プリーズ・プリーズ・ミー」発売後は、まず2月2日から3月3日にかけて初の国内ツアーに出たが、いわゆるヘッドライナー(主役)は16歳のポップ・アイドル、ヘレン・シャピロで、ビートルズは最下位の6番手という位置付けだった。しかし、ツアー中に「プリーズ・プリーズ・ミー」が『メロディ・メイカー』や『ニュー・ミュージカル・エクスプレス(NME)』などで1位を獲得したことで、流れが一気に変わる。観客の目当てがビートルズ中心になったのだ。


デビュー・アルバムの制作は、そうしたツアーの合間の、まさにセカンド・シングルが1位をまもなく獲得するという時期に1日がかりで行なわれた。その際、ジョージ・マーティンは、「ライヴの雰囲気をそのままアルバムに詰め込む」というコンセプトを打ち出した。


「彼らのレパートリーは大体わかっていたから、そのすべてを1日でレコーディングすることにした」


2月11日に行なわれたセッションでは、その流れに沿って、手拍子やハーモニカなどのオーヴァーダビングは最小限にとどめ、ギター、ベース、ドラムスというシンプルなバンド編成ながら、ジョン、ポール、ジョージのヴォーカル、ハーモニー、コーラスを前面に出した、疾走感溢れるライヴ・サウンドを“真空パック”した。収録されたのは全10曲。セッションは約10時間で終了した。最後にレコーディングされた「ツイスト・アンド・シャウト」では、当日ひどい風邪をひいていたジョンは喉をつぶす一歩手前で、のど飴をなめ、上半身裸で歌ったという逸話が残っている。


その「ツイスト・アンド・シャウト」のような他人の曲も、オリジナルを凌ぐばかりか、まるでオリジナルのように聴かせてしまう強烈な個性。それがビートルズの大きな魅力だった。いきなりヴォーカルで始まる曲の展開や、かなり奇妙に聞こえたであろう“yeah yeah”のコーラスなど、とにかくすべてが新しかった。メンバー自身が曲を書き、リード・ヴォーカルをとるというのも相当珍しかったにちがいない。そうした音楽性を含め、ビートルズの登場は、当時のポピュラー音楽ファンに大きな衝撃を与えたのだった。


既発シングル2曲計4曲を含む全14曲が収録されたデビュー・アルバム『プリーズ・プリーズ・ミー』は、イギリスで30週連続1位という驚異的な大ヒットとなった。以後、シングル「フロム・ミー・トゥ・ユー」(4月11日発売)も「シー・ラヴズ・ユー」(8月23日発売)もナンバーワンとなり、ビートルズの人気はイギリスでさらに過熱していくのだ。



ザ・ビートルズ「プリーズ・プリーズ・ミー」「フロム・ミー・トゥ・ユー」「シー・ラヴズ・ユー」ジャケット撮影協力:鈴木啓之


≪著者略歴≫

藤本国彦(ふじもと・くにひこ):CDジャーナル元編集長。手がけた書籍は『ロック・クロニクル』シリーズ、『ビートルズ・ストーリー』シリーズほか多数、最新刊は『GET BACK… NAKED』(12月15日刊行予定)。映画『ザ・ビートルズ~EIGHT DAYS A WEEK』の字幕監修(ピーター・ホンマ氏と共同)をはじめビートルズ関連作品の監修・編集・執筆も多数。

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