2016年03月10日

本日3月10日は「オブ・ラ・ディ・オブ・ラ・ダの日」!?

執筆者:中村俊夫

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英国におけるビートルズの9作目の公式オリジナル・アルバムとして、1968年11月22日に日英同時発売(時差の関係で日本では11月21日発売)された『The Beatles』(通称「ホワイト・アルバム」)は、前作『Sgt.Pepper’s Lonely Hearts Club Band』同様に本国では収録曲のシングル・カットは一切行なわれず、A面トップを飾るビーチ・ボーイズ風ロックンロール・ナンバー「バック・イン・ザ・USSR」と、同じくA面4曲目に配された「オブ・ラ・ディ・オブ・ラ・ダ」がプロモーション用リード・トラックとして発売前からラジオ等でオンエアーされていた。


特にレゲエのルーツであるスカやロック・ステディ等のジャマイカン・ビートを取り入れた「オブ・ラ・ディ・オブ・ラ・ダ」は、ジャマイカ移民の多い英国から火が点き、先ずスコットランド出身のグループ「マーマレード」が『The Beatles』発売直後にカヴァー・シングルをリリースという驚異的な早業で見事全英No.1ヒットを獲得。同時期にジャマイカ系バンド「ベッドロックス」によるカヴァー盤もヒットしている(全英20位)。


英国同様に御本家のシングル・カットが無かった米国では、「スウィート・ソウル・ミュージック」(67年)のヒットで知られるアトランタ出身のR&Bシンガー、アーサー・コンリーがカヴァーしているが、ヒットまでには至らなかった (日本ではラジオの深夜放送などでそこそこ人気があったが…)。そもそも何故か米国における「オブ・ラ・ディ~」への反応はイマイチで、ビートルズ解散後の1976年に米国で初めて御本家盤シングル(「ジュリア」とのカップリング)がリリースされたが、全米49位止まりと振るわなかった。


英米以外の地域…フランス、スイス、イタリア、ドイツ、スペイン、ポルトガル等では1969年初頭に御本家盤がシングル・カットされ、それぞれの国のヒットチャートを賑わした。東洋では唯一、日本が前述のヨーロッパ諸国と同じく「ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス」とのカップリングで御本家盤シングルをリリースしている。今から47年前の今日1969年3月10日のことだ。


特筆すべきは、この記念すべきビートルズ「オブ・ラ・ディ~」日本盤の発売日に邦人グループによる同曲のカヴァー盤2枚が同時発売されていること。1枚はフィリップスから出たカーナビーツによる日本語カヴァー盤で、彼らのデビュー曲「好きさ好きさ好きさ」の訳詞を手がけた漣健児が日本語詞を提供した。もう1枚は、ゴールデン・カップスの弟バンドで、柳ジョージが在籍していたパワー・ハウスのデビュー盤(カップリングはスロー・ブルースに解体アレンジした「バック・イン・ザ・USSR」)。こちらは御本家と同じ東芝音楽工業(当時)からのリリースである。


奇しくも御本家盤とカヴァー盤の同日発売ということで、筆者は勝手に3月10日を「オブ・ラ・ディ・オブ・ラ・ダの日」と呼んでいるのだが(笑)、これはべつに偶然の産物ではない。と言うのも、東芝とフィリップスはこの2カ月前の1月10日に、同じ「オブ・ラ・ディ~」の海外カヴァー盤を同時発売しているからだ。東芝が前述のベッドロックス盤(オリコン14位)、フィリップスがドイツのバンド「トニックス」盤(オリコン40位)である。


どんな経緯で発売日を調整する“談合”が二社間で行なわれたのか知る由も無いが、この経験が本命とも言えるビートルズ盤のリリース時にも活かされたものと思われる。まぁ、1950年代から「ニューリズム」と称して毎年流行のリズムやダンス(マンボ、スクスク、タムレ、サーフィン、ゴーゴー、ブーガルー等)をデッチ上げては、業界全体で大々的にキャンペーンを行ない共存共栄を図って来たレコード会社にとって、競合会社間で発売日を示し合わすなど、さほど難しいことではなかったのだろう。


そんな東芝とフィリップスによる「3.10競作盤同時発売作戦」だったが、結果はビートルズ盤のひとり勝ち(オリコン7位)で、他の二者はオリコン100位内にも入らなかった。GSブームが終焉期に入り、ニューロック系バンドがアンダーグラウンド・シーンで蠢いているという状況下では致し方あるまい。まだビートルズ盤がリリースされていない時期に出たベッドロックス盤やトニックス盤よりも不利な勝負だったことも否めない。


しかし、ジャマイカで一般的に多い男女の名前「デズモンド」と「モーリー」を、これまた日本で一般的な名称「太郎」と「花子」に置き換えた歌詞で歌われるカーナビーツのヴァージョンは、GSファンの少女たちだけでなく幅広い世代に認知させることになり、70年代には小学校の音楽教科書にも取り上げられ多くの日本人に親しまれていった。


そういった意味では、60年代カヴァー・ポップスの巨匠・漣健児が訳詞を手がける最後のビートルズ作品となったカーナビーツ盤「オブ・ラ・ディ~」(カーナビーツ盤の表記は「オブ・ラ・ディ・オブ・ラ・ダ」)もまた、「ヴァケーション」「可愛いベイビー」等“漣ワールド”を彩った一連の名曲同様に洋楽ローカル・カヴァーの王道を往く金字塔的作品と言えるのである。


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