2019年07月02日
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2019年07月02日
本日、7月2日はよしだたくろう(当時の表記)のアルバム『伽草子』がオリコンで1位になった日だ。これは大きな出来事であったと言っていいだろう。なぜなのかは、その少し前の経緯から説明しなくてはならない。
後に金沢事件と呼ばれることとなる騒動が起きたのは73年の5月23日のこと。吉田拓郎が金沢でファンの女性を監禁したとされ、石川県警の刑事たちに逮捕されたのだ。これは新聞にも大きく報道された。「結婚しようよ」や「旅の宿」の大ヒットがありながらも、テレビへの出演拒否をするなどマスコミ嫌いの拓郎だったからだろうか、そのマスコミが一斉に騒ぎ立てたのだ。「はれんちフォーク」「人気におごる よしだたくろう」といった扇情的な見出しが付けられた。
先に吉田拓郎の名誉のためにも書いておくが、この事件は被害を届けた女性の虚偽であったことが判明し、告訴も取り下げられている。このことも新聞記事などになったのだが、逮捕のニュースに比べ、その扱いが小さかったのを記憶している。
容疑者として拘留されている間も、ニュー・アルバムの発売日が近づいていた。当然のように発売延期の話が出たのだが、少し遅れた73年6月1日に発売となった。時系列を改めてみると、5月23日に逮捕され約10日間拘置所にいたのだから、6月1日はまだ拘留中の身であった。これは大いなる英断である。それだけ吉田拓郎の潔白を信じていたという証なのだろう。
そのニュー・アルバムが『伽草子』であった。釈放されたにしろ世間を騒がせたのは間違いない、イメージダウンになってしまった部分も少なく無かったと思う。だからこそ、オリコンで1位を獲得したことは、ことのほか嬉しかったはずだ。吉田拓郎への支持が、明確に数字となって表明されたのだ。
この一連の騒動によって、結成したばかりの新六文銭の活動が頓挫してしまったのが残念でならない。この新バンドは、小室等、柳田ヒロ、後藤次利、チト河内、吉田拓郎らによって組まれた、日本のフォーク/ロック界のスーパー・グループ。もしも騒動が起こらず、新六文銭が活動を続け録音を残していれば、歴史がひとつ変わっていたのではと思う。
アルバム『伽草子』についても、少し書いておこう。
吉田拓郎の4枚目のスタジオ録音盤であり、前作の『元気です。』で築き上げた、シンガー・ソングライターとしての拓郎が前面に押し出されていて、普段着のような自然な姿が味わえるアルバムだ。
ファンキーなベースがうねりまくる「からっ風のブルース」から始まり、ジャジーな雰囲気をもった「風邪」や、ソウル・バラードを意識したような「長い雨の後に」など、サウンド・メイクもヴァラエティに富んでいる。当時の妻であった四角佳子とデュエットしたカントリー・ロック・チューンの「春の風が吹いていたら」もファンに人気が高い1曲だ。
≪著者略歴≫
小川真一(おがわ・しんいち):音楽評論家。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン会員。ミュージック・マガジン、レコード・コレクターズ、ギター・マガジン、アコースティック・ギター・マガジンなどの音楽専門誌に寄稿。『THE FINAL TAPES はちみつぱいLIVE BOX 1972-1974』、『三浦光紀の仕事』など CDのライナーノーツ、監修、共著など多数あり。
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