2015年10月01日

ライヴ・アルバム『熱狂雷舞』こそ、ショーケンの日本ロック最前線復帰の証明書だった・・・1978年10月1日、萩原健一の名盤がリリース

執筆者:小野善太郎

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かつてのグループサウンズ(GS)全盛期から10年後の1978年、ショーケンは初めてのソロ全国ツアーを敢行した。


70年代、ショーケンはシラケ世代を代表する役者として時代の先端を走り続けていたが、今も伝説的に語り継がれるTVドラマ『太陽にほえろ!』~『傷だらけの天使』~『前略おふくろ様』の音楽・演奏は(ジュリーとツインヴォーカルのバンドPYGの音楽的母体だった)井上堯之バンドであり、ドラマの音楽をロックバンドが担当して後続に広く道を開くことにもなったのも、それを主導したと言い得るショーケンの功績。


『傷だらけの天使』と『前略おふくろ様』の間となる時期の75年にはソロ初アルバム『惚れた』もリリースしているとはいえ、これは特に映画の役者が歌を唄う場合にありがちなライト演歌~やさぐれ歌謡調という印象。

で、ここに収録されている「前略おふくろ」は直後のドラマ『前略おふくろ様』の主題歌を先行収録したものと思わせるが、実は<倉本(聰)さんはこの歌が大好きで、自分の(介護していた)母親のイメージを重ね合わせて「板前の役をやらないか」、と私にもちかけてきたわけです>との経緯(以下も<>内は自伝『ショーケン』より)。

同曲はドラマ中でも流されていたので勘違いしがちだが、曲が先だったのなら、この傑作ドラマが生まれた大きな要素には藤公之介が書いた詞もあったことになる。そして、当時ショーケンが放っていた磁場は倉本聰の創作力を大いに刺激するほどに強力だったと言えるのではないだろうか。


その後77年にはアルバム『Nadja』、78年には『Nadja II』を発表。これらは後年のような尖がった印象どころか、やけにリラックス感が溢れまくる仕上がりだった。そして『Nadja II』リリース後に初ツアーに出ることになるのだが、演奏は井上堯之バンドではなくて、柳ジョージとレイニー・ウッド。


柳ジョージはGS時代にはブルースロックのパワー・ハウスから後期ゴールデン・カップスに参加していたが、時は流れて77年、ショーケンは企画にも関わったTVドラマ『祭ばやしが聞こえる』や翌年の『死人狩り』の主題歌に柳ジョージ(とレイニー・ウッド)を起用して、そのブレイクに力を貸す。

ちなみに、彼らのアルバム『YOKOHAMA』は、79年のリリース当時には横浜に引っ越して仕事をしていた私の愛聴盤であり、その頃まだ存在していた本牧PX前のフェンスのこちら側(かの「ゴールデン・カップ」の正面あたり)の通りを営業車で走る時の脳内BGMは常に「Fenceの向こうのアメリカ」だった。

『YOKOHAMA』はオリコン資料では32万枚を売り上げるバンド最大のヒット作となっている。そうした頂点に駆け昇る勢いに満ちたバンドと共に、ショーケンは78年夏に続いて79年も、自身のアルバム『Angel Gate』リリース後の夏にツアーに出た。それを記録したのが、この『熱狂雷舞』(一部78年の音源も)。


ライヴを「雷舞」と表記するのはモップスのアルバム(71年)の例もあったが、さらに「熱狂」まで付けたタイトルはローリング・ストーンズ『Love You Live』の日本題『感激!偉大なるライヴ』(77年)なんかを連想させたりもする。

また、スタイル的にはボブ・ディランとザ・バンドの74年ツアーを思わせるが、77年のディラン初来日公演にはショーケンも初日と最終日の2回行ったとのことで、<ディランの髪型をまねたアフロヘアーで、「メンズ・ビギ」の衣装を着て全国各地をまわったよ>。ならば、帽子もディランの影響かな。エアギターは栁ジョージ=ジョー・コッカーの連想?


かようにショーケンも先達から受けた影響は多々あるだろうが、しかし、それを自身というフィルターを通して表現すると、血と混ざり肉と化して独自のものに昇華しているのはショーケンならでは。

逆に、この時に限らず最も影響を及ぼした相手は言わずもがなの松田優作で、<79年の『探偵物語』は、ぼくの『傷だらけの天使』が下敷きになっている。優作の着ていた衣装も、ぼくの『熱狂雷舞』のコスチュームそのままだ。黒のスーツ、赤いシャツに銀色のネクタイ、ソフトハットと、ジャケット写真を見ればすぐにわかる>


ともあれ、この『熱狂雷舞』こそはショーケンの日本ロック最前線への復帰の証明書だったと言えるが、この時はかなり安定した音楽を聴かせているので、むしろこの過剰気味なタイトルは80年以降のドンジャン・ロックンロール・バンド、さらに続くアンドレ・マルロー・バンドでの、成熟が老成には向かわないようにか、ショーケンが自らのヴォーカルをジグザグいじっていく感があるライヴの方がより似合うんではないだろうか。


思わず規定字数より長くなってしまったが、さらに最後に一言。

そのドンジャン・バンドで参加した81年の東京・日劇の解体に伴う「さようなら日劇ウエスタンカーニバル」で、ジュリーとショーケンは現在の姿だけを正に今の進行形として示す構成のはずが、直前にジュリーが裏切って(いや、表返って、か)ザ・タイガースが復活!しかし、ショーケンは当然のように自分の今の音楽を披露。観客ほとんど全員が浸っていたノスタルジックな気分に水を差すが如き印象を与える結果になってしまった訳だが、GSとは懐古する遺物では無く、日本ロックのルーツであることを、ショーケンだけが律儀に示そうとしていたと今も思えてならない。

萩原健一

柳ジョージ&レイニーウッド

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