2017年08月02日

本日は1984年、小泉今日子の「迷宮のアンドローラ」がTBS『ザ・ベストテン』で1位を獲得した日

執筆者:馬飼野元宏

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1984年8月2日、小泉今日子の10作目のシングル「迷宮のアンドローラ」がTBS『ザ・ベストテン』で1位を獲得した。


「迷宮のアンドローラ」は同年6月21日の発売で、7月2日付のオリコン・チャートでは1位を記録しており、通常アイドル・ポップスが弱かった有線チャートでもトップになった。デビュー2年目、初のトップ10ヒットとなった「まっ赤な女の子」以来、尻上がりに成績を上げてきた小泉今日子の、作品的にもセールス面でもひとつのピークを迎えた作品であった。


「迷宮のアンドローラ」は作詞が松本隆、作曲に筒美京平、編曲には船山基紀という布陣で制作された。この奇妙な題名は、もとはイラストレーター長岡秀星のストーリー付き画集のタイトルで、アンドローラとはその物語の主人公の名。そして小泉今日子の歌は、同作品の展覧会のキャンペーン・ソングとして作られたものである。


長岡秀星といえば、国際的に活躍するイラストレーターで、数多くのレコード・ジャケットのアートワークを手がけている。殊に有名なのはアース・ウィンド・アンド・ファイアーの一連のアルバムだろう。それを意識しているのか、筒美京平が書いた「迷宮のアンドローラ」のメロディーは、アースの「ブギー・ワンダーランド」に近い曲調となっている。ベースになった長岡秀星のストーリーがSFであるため、松本隆の詞もそれに沿ったものとなっており、なんといっても打ち込み主体のスペイシーなアレンジを施した船山基紀の功績が大きい。


船山基紀はヤマハ出身の編曲家で、77年に沢田研二の「勝手にしやがれ」でレコード大賞編曲賞を獲得。渡辺真知子の実質的なサウンド・プロデュースをつとめたほか、筒美京平とも郷ひろみ「洪水の前」や庄野真代「飛んでイスタンブール」などの編曲で組んでいる。1983年に渡米し、1年間の充電期間を経て帰国後は、当時最先端のサンプラー/シンセサイザーであったフェアライトCMIを導入し、自身のスタジオを設立、打ち込みアレンジを歌謡ポップスに導入するようになった。「迷宮のアンドローラ」は、このフェアライトを駆使した打ち込みサウンドで作られているが、直前の84年2月に、やはり松本=筒美=船山のトリオで作られた柏原芳恵の「ト・レ・モ・ロ」が、船山編曲による最初のフェアライト・サウンド。「ト・レ・モ・ロ」は、レコーディングに際して矢島賢のギターとH2Oの男声コーラス以外はすべてフェアライトの自動演奏で行われるという、当時の歌謡曲としては画期的なデジタル・サウンドであった。ほぼ同時期にリリースされた柏原のアルバム『ラスター』も同様の方法で作られた全曲筒美=船山コンビによるテクノサウンドで、この成功があっての「迷宮のアンドローラ」であった。


作詞の松本隆は、筒美京平とはすでにゴールデン・コンビと呼ばれるようになっていたが、小泉今日子ではこの曲が初起用。当時の小泉の担当ディレクター・田村充義によると、最初は上手くいかずに一度作り直してもらったそうである。船山がフェアライトを導入したときき、それならアルバムを丸ごと1枚作ろうと提案、同年7月21日に発売されたアルバム『Betty』の全曲が筒美=船山コンビの作で固められることとなった。さすがにまだ全編フェアライトの打ち込みは手間と時間がかかりすぎるため、生音や手弾きを混ぜつつ作ったという。このアルバムには「迷宮のアンドローラ」は収録されておらず、この時期のアイドルのオリジナル・アルバムでシングル未収録というのは非常に珍しい。当時の小泉今日子のアーティスト・パワーを感じさせる大胆なリリースといえるだろう。


松本=筒美=船山トリオには、80年に榊原郁恵が歌いヒットしたテクノポップ歌謡「ROBOT」があるが、この頃はまだ全編手弾きのマニュアル演奏だったという。その「ROBOT」や柏原芳恵の「ト・レ・モ・ロ」にある異物感と比べると、「迷宮のアンドローラ」の、歌謡ポップスとデジタルな音の馴染み具合は格段の差がある。何の違和感もなくすんなりとその世界に入っていけるのは、クセのない小泉今日子のヴォーカルに拠るところが大きいのだろう。ここでの成功を契機に、松本=筒美=船山トリオはC-C-Bの諸作でデジタルとバンド・サウンドを融合させ、中山美穂のユーロビート歌謡でも一定の成果を生み出している。


≪著者略歴≫

馬飼野元宏(まかいの・もとひろ):音楽ライター。月刊誌「映画秘宝」編集部に所属。主な守備範囲は歌謡曲と70~80年代邦楽全般。監修書に『日本のフォーク完全読本』、『昭和歌謡ポップス・アルバム・ガイド1959-1979』ほか共著多数。

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