2016年02月24日

[不定期連載]僕の髪が肩まで伸びて よしだたくろう! 第16回 『明日に向かって走れ』その1-序章 

執筆者:みうらじゅん

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みうらじゅんが勝手によしだたくろうを語る連載「ぼくの髪が肩まで伸びて よしだたくろう!」。今回からは6枚目のオリジナル・アルバム『明日に向かって走れ』に入る。1976年5月25日に新設したフォーライフ・レコードからリリースし、オリコンチャート1位を獲得。 このアルバムから吉田拓郎と漢字の表記になる。みうらじゅんは高校を卒業し、美大目指して上京し、高円寺にアパートを借りる。


僕は高校を卒業し、京都から東京に出て来た。そして童貞喪失。女を知った。このアルバム『明日に向かって走れ』がリリースされた頃だった。


拓郎さんたちの作ったレコード会社「フォーライフ(1975年)」設立の時のTV記者会見、白いスーツ着ておられた拓郎さんは映画『バングラデシュ・コンサート』の時のジョージ・ハリスンみたくカッコ良かった。


上京して、これまでの自分から変わらなくてはと思っていました。洋楽にも走ったけど、拓郎さんは忘れられなかった。

もちろん、拓郎さんに憧れていたから高円寺に住みましたし、ペニーレインへ行ってバーボンも飲みました(笑)。


アパートで一人、フォーク・ギターを弾いて浪人時代、暗い暗いオリジナル曲をたくさん作っていました。

スリーフィンガー、って僕たちの世代の共通言語。ピックガードに小指立ててね。彼女にオリジナル・ソングを聴かせ、「もっとノリのいい音楽かけてよ」と言われ落胆しました。


入学した美術大学では回りはロックを聴く連中ばかでした。きっとかぐや姫聴いていたやつもたくさんいたのだろうけれど、みんな口に出さない、そんな時代。


拓郎さんは前髪切ったけど、僕の髪は伸びに伸び、腰まできていました。「ハードロックが好きなんだ」ということにしてベルボトムのジーンズにロンブー履いていました。


雑誌のポパイが創刊されたのが同じ1976年。この年、イーグルは『ホテル・カリフォルニア』を出して来日しました。ザ・バンドが解散コンサートである『ラストワルツ』を開催したのもこの年のことです。

一方では荒井由実が『ひこうき雲』『ミスリム』『コバルトアワー』と次々とアルバムをヒットさせていました。


これまでの自分のすべてと言ってもいい世界がだんだん変わっていったんですね。


そんな時代背景の中でリリースされたのがこの『明日に向かって走れ』でした。

もう一度、今聴いてみよう。何かあの頃と違ったことを感じるかも知れない。

よしだたくろう

みうらじゅん

明日に向って走れ(紙ジャケット仕様) 吉田拓郎

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