2018年06月08日

1970年という時代と藤圭子「圭子の夢は夜ひらく」

執筆者:馬飼野元宏

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1970年6月8日、藤圭子の「圭子の夢は夜ひらく」がオリコン1位を獲得している。この曲は前々週の5月25日から、その後7月27日まで10週連続で1位をキープ、藤圭子の代表作として今もよく知られている。


この曲はもともと、「夢は夜ひらく」の名前で世に出た楽曲であった。原曲は練馬少年鑑別所で歌われていた曲を、作曲家の曽根幸明が採譜の上補作詞を施したものである。これが1966年に入り、多くの歌い手によって競作発売され、ポリドールの園まり版が最大のヒットを記録、ほかにクラウンの緑川アコ版もヒットした。



「夢は夜ひらく」は、歌い手によって作詞が異なり、補作曲を手掛ける作曲家も異なっている。園まり版は中村泰士が採譜と補作曲を行い、作詞も中村と富田清吾の共同で行われた。緑川アコ版は水島哲が作詞し叶弦大が採譜と補作曲、曽根幸明のメロディーは藤田功と愛まち子、梅宮辰夫、バーブ佐竹らの盤に起用されており、これらもまた異なる作詞家が違う詞を乗せている。このように、やや特異な形で世に広まった楽曲であった。


藤圭子のリリースはそれから3年半後である。曲は曽根幸明だが、作詞は藤圭子の育ての親である石坂まさをが手がけた。タイトルに「圭子の」とついているのは、先行する各々の「夢は夜ひらく」とかなり異なる世界観を持つこともあるが、世に定着した「夢は夜ひらく」を、藤圭子がどのような解釈で歌うのか、そういった意図も感じさせる。

この曲で最も印象に残る部分は、15,16、17歳と自身の半生を振り返り、私の人生は暗かったと述懐するところだろう。ネオン街に生きる女の哀しみや恋の艶といったものは排除され、捨て鉢なやさぐれ精神をド直球に放ってくる詞の内容は、多くの聴き手に衝撃を与えたのだ。70年安保と学生運動の悄然とした国内風景と、人々の厭世的な気分をダイレクトに反映したことが、これだけの大きなヒットにつながったものと言える。60年安保における象徴的な楽曲が西田佐知子の「アカシアの雨がやむとき」であるなら、70年安保の時代感情は「圭子の夢は夜ひらく」に投影されていると言えるだろう。


ところで、藤圭子自身が歌っている世界ほど暗い人ではなかったことは、今は良く知られている。歌詞中に出てくるマー坊、トミーという名前は、グループサウンズ、オリーブのメンバーの愛称から取られたという話がある。藤圭子がオリーブのファンで追っかけをしており、ツイン・ドラムが話題だったがヒットに恵まれなかったオリーブを、わざわざ自分と同じレコード会社のRCAに呼び寄せ、同じ石坂まさをの作詞で「ハートブレイク・トレイン」で再デビューさせているほどの関係である。藤圭子とオリーブのメンバーに恋の噂もあったほどで、多分に仕込みもあっただろうが、暗い曲想とは裏腹に、藤圭子の女の子らしいミーハーな部分が見え隠れして、意外に華やかな芸能界的エピソードにも事欠かない楽曲であった。


この「圭子の夢は夜ひらく」はミリオンセラー越えの大ヒットとなり、同年の日本歌謡大賞を受賞、NHK『紅白歌合戦』にも初出場と、まさに藤圭子ブームだった1年を象徴する楽曲となったのだが、それ以上に、その後カヴァーされ、歌い継がれていく「夢は夜ひらく」が、すべてこの藤圭子版をベースに歌われるようになったのである。あまりのインパクトの大きさに、園まりをはじめとする66年の「夢は夜ひらく」のムード歌謡的雰囲気は消し飛んでしまったのだ。八代亜紀の場合は「亜紀の夢は夜ひらく」、五木ひろしの場合は「ひろしの夢は夜ひらく」といったように、歌手名を冠にして、それぞれの歌詞で歌い継がれていくようになったのであるが、その中で藤圭子版に拮抗する、というか全く違ったアプローチで同じようにディープな情念を歌い込んだ作品に、三上寛のバージョンがある。ギターをかきならし、たたきつけるように歌う三上寛の歌い方には、土着の怨念が表出したような怖さがあり、ライブでも定番曲として圧巻のパフォーマンスを披露し続けているのだ。

また、こういった出口のない暗さを歌う楽曲は、ちょうどこの時代、多くの聴き手が支持していた。同じ70年の10月にリリースされた北原ミレイの「ざんげの値打ちもない」、あるいは72年の梶芽衣子「怨み節」といった楽曲に「圭子の夢は夜ひらく」との共通項を感じさせるのもあながち間違いではないだろう。ことに「怨み節」は「圭子の夢は夜ひらく」を参考に作られたと思える点が多く、梶芽衣子はその後「芽衣子の夢は夜ひらく」としてカヴァーも残している。


そして、園まり版の時代から藤圭子版、その他数多くのカヴァー・ヴァージョンが存在する「夢は夜ひらく」だが、1点のみ共通しているのは、歌い終わりが必ず「夢は夜ひらく」で締められていることにある。この点だけはどの曲も変わらない。


69年から70年にかけての藤圭子のインパクトの大きさ、その後の歌謡史に与えた影響の大きさは計り知れないものがあるが、彼女自身はその後、この楽曲をジャジーなアレンジで歌うようになり、また違った世界を見せてくれた。本人に植え付けられた「宿命を背負った¨怨歌“歌手」のイメージから少しでも離れたい、そんな思いもあったのかもしれない。

藤圭子「圭子の夢は夜ひらく」園まり「夢は夜ひらく」緑川アコ「夢は夜ひらく」梅宮辰夫「夢は夜ひらく」梶芽衣子「怨み節」ジャケット撮影協力:鈴木啓之


≪著者略歴≫

馬飼野元宏(まかいの・もとひろ):音楽ライター。月刊誌「映画秘宝」編集部に所属。主な守備範囲は歌謡曲と70~80年代邦楽全般。監修書に『日本のフォーク完全読本』、『昭和歌謡ポップス・アルバム・ガイド1959-1979』ほか共著多数。近著に『昭和歌謡職業作曲家ガイド』(シンコーミュージック)がある。

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